お侍様 小劇場

    “陽だまりにて(お侍 番外編 4) *カンシチ注意
 


 どちらかと言えば温暖なまま深まっていた秋だったものが、今日はいきなりの寒空となり。空の青さや陽の明るさは、それまでとさして変わらなく見えるのに。表へ出ると思わずのこと、肩や背中が縮こまるほど、吹き抜けてく風は冷たくて。

 “これは正に急転直下、ですよね。”

 家中を掃除して回るだけで、ほどよく小汗をかいていたのはつい最近じゃあなかったか。昨日、木枯らしが吹いたとニュースで聞いてはいたけれど、まさかにここまでとは思わなくて。十月中旬並みの暖かさと言われていたものが、今日はいきなり師走の冷え込み。起きたそのまま大慌てでクロゼットルームへ駆け込んで、出勤・登校に出掛けてゆく家人二人への、コートじゃマフラーじゃを引っ張り出したおっ母様。真冬用の装備はまだ早いと、苦笑混じりに辞退されたが、マフラーは持って出た彼らであり、
“天気予報はちゃんと見ていたはずだったのに。”
 ああ、もっと早く出しときゃあ良かった。そうすれば、あんなショウノウ臭いのを差し出しての、辟易させなんだものをと。午前中のずっとを後悔していた彼こそは、島田さんチが、いやいやこのご町内が誇る良妻賢母、七郎次といううら若きお兄様。家長の勘兵衛さんの遠縁にあたるお人だとのことで、外へのお勤めには就いてないらしく、日頃から家事の一切合切を担当している模様。当節よく聞く“ニート”だの“パラサイト”だのといった、ちょっと無気力な、糸の切れた風船のような自由人だということではなくて。ただ単に、勘兵衛さんが家事一切まるきりダメという困ったお方なそのくせ、一向に結婚しようという気配もなく。家政婦さんを雇うというほど大層な収入や肩書があるでなしということで、親類筋の小器用な甥だか従兄弟だか、当時は大学生だったものを通学のための下宿先として住まわせたのが…そのままズルズルと。今に至っているとかどうとか。ご近所一の情報通、モリカワさんチの奥さんがそんな風に語っているのを、訂正しないところを見るとほぼそんなところなのだろう。………表向きには。

 “今日は、タラのフライとゴボウと牛肉のしぐれ煮に、
  エノキを入れた かき玉すまし。
  レタスとトマトのフレンチドレッシング和え…は別の日がいっかな?
  箸やすめにはハクサイの浅漬けがあるから、えっと…。”

 サラダを先送りにした分、何かもう1品ほしいなぁ。ブロッコリーやニンジンの茹でたのにゴマだれってのはどうだろか。ああナスの味噌田楽ってのもいいかな。八百屋さんの前に立ち、トートバッグを肩に、ひとしきり思案している姿がまた、長身のいい男っぷりをした彼であるのに、違和感が全くないからこれまた不思議。色白な細おもての顎先を、首元へ巻かれたカシミアのマフラーにちょこりと埋め。少し伸びて来た金の髪をうなじで束ねて襟元に垂らした後ろ姿は、まだ薄手のダウンジャケットに包まれた長身が、だのに…腰の位置を曖昧にする長いめのそれをまとっているせいか、それとも本人はちょっと気にしているなで肩だからか、何とも優しげなシルエット。いつもなら前髪を後れ毛ごとすっきりと上げて、つややかに撫で上げているものが。今日はちょいとバタバタっと出て来たものか、目許より少しあるさらさらの髪を額へ降ろし、鬱陶しくない程度の無造作に分けている。

 「あんなしたら、フツーだったらもっさりしちゃうトコなのにね。」
 「そうそう。いかにも身なりを構ってませんて感じになって。」

 だというのに、彼の場合は…きゅうと結っていた時のきりりと冴えていた印象が和らいだ分、線の細さが強調されてしまうらしく。居合わせた買い物客の奥様方がちらちらと視線を寄越してくるわ、目許を細めてにっこり微笑えば、日頃以上にその嫋やかさが増してしまい、
「こっちは おまけしとくね。」
「おや、そりゃすいませんね。」
「いいのいいの、お得意さんなんだからvv」
 丸まる肥えたナスを一盛り買ったのへ、売り出しの品とはいえ、ミカンが一山おまけについてくる威力は素晴らしい。デザートまで揃っちゃったなとほくほくしつつ、さて帰りましょうかと夕刻の商店街を後にする。いつも小学生ばりのお早いお帰りをもって、此処で合流するのが常の、本当は“一人っ子”なのだが、表向きは七郎次の弟扱いで“次男坊”な誰かさんは。部活の剣道部が三校合同の交流戦だとかで、今年の会場になっている隣町の学校まで出向いているので、さすがに今日ばかりはそれが叶わない身。綿毛のような金の髪に、月光を浴びて一夜だけ咲く、そんな儚い花を思わせるような白い肌。淡い色彩で構成された身はお互い様で、そこへと鮮やかに映える渋紅のマフラーを首に巻いてやり、頑張って来なさいねと送り出した今朝は、どこか渋々というお顔をしていたのが何とも幼い態度であり、七郎次には却って愛惜しくて堪らなかったほど。だがまあ、剣道自体は好きでやっていること、
“ずっと続けるつもりらしいですしね。”
 彼自身の勝手な判断で、放課後の練習を早朝練習で相殺させているような。寡黙で、なのに結構 頑迷というか“唯我独尊”なところの強い子だけれど。その実力が、一年生ながら全国大会を制覇したほどとくれば、先輩方も顧問の先生も“じゃあ辞める”と言われちゃ困るのか、あまり強引なことは言えないらしい。それに、彼の側も あまりに度を超す無茶は言わないし、今日のような公式戦ではない集まりにもちゃんと顔を出しはするので、今のところ破綻はなさそうかなと、保護者としてはあまり案じることもなく。
“後は好き嫌いを無くしてくれればねぇ。”
 自分たちが引き取る前までは長く年寄りと暮らして来た子だからか、根菜の煮物が好物で。次が魚の煮たの焼いたの、めん類に煮豆に野菜炒め、その次に付け合わせの生野菜と来て、肉はあんまり得意じゃないのか、箸が向くのは一番最後。食べない訳ではないのだけれど、その順番で食べてゆくものだから、煮物やみそ汁、付け合わせのニンジンのグラッセだけでお腹を膨らませてしまい、メインのハンバーグを半分以上残されたときは、さしもの七郎次も唖然としたものだ。美味しくなかったのかと訊けば、ぶんぶんとかぶりを振った彼であり、
“育ち盛り真っ只中だってのに。”
 食うなと言ってもがっつり食べる年頃だし、焼肉やフライなど油ものへと真っ先に食指も向くはずだのに。やはり運動部にいたせいで自分にも覚えがある七郎次としては、筋骨を作る源なのだからとメインから食べるよう、鋭意指導中というところ。
“それでなくとも久蔵殿は、万歳をさせれば肋骨が浮いて見えかねないほど痩せっぽちだったりするのだし。”
 だから、口やかましくなっても仕方がないと。自分の方針へ、ついつい うんうんと頷いてしまう七郎次ではあるのだが。とはいえ、

 『シチの土佐煮は、婆様のと同じ味だから…。』
 『そ、そうなんですか?////////

 料理の(それも煮物の)味付けや出来が美味しいからだと飾らぬ言いようで告げられると、厳しい言いようがなかなか出来なくなるのが作り手側の弱みだったりし。
“まま、今日のタラのフライはお好きなようだから♪”
 せいぜいふっくら揚げて差し上げねばと、鼻歌が出るほど張り切っておいでのおっ母様。暮色が滲み出すまでにはまだ少し間があるものの、既に冷たい風に耳の先を摘ままれながら、まだ誰も帰ってはいない家へと辿り着き。さてとて、短いファーに縁取られたブルゾンのポケットから鍵を取り出したところで、はたと気づいたのが、
「あ…。」
 家の中からかすかに聞こえるは音楽の奏で。協奏曲だろか、弦楽器の響きがなめらかに絡まり合っており。ということは、ノブに手を掛ければ…やはり難なくドアが開いて。
“また施錠してない。”
 やれやれとの苦笑を噛みしめつつ、それでも…三和土に揃えられてあった革靴には、ついついお顔もほころんで。

 「勘兵衛さま? お帰りですか?」

 声を掛けながら上がってゆけば、少し遠い声が“ああ”とか何とか返事を寄越す。暖房を入れてはないようだけれど、誰か家族が既にいるというだけで、ずんと暖かい場所に思えるから妙なもの。まずは台所へと向かい、上着を脱ぐと買い物を手早く整理してそれぞれの収納場へと収めてゆき。下ごしらえが要りそうなものは特にないかと頭の中でメニューを浚いつつ、音楽の聞こえる奥向きのお部屋へと足を運ぶ。寝室とリビングを1階に置き、半地下には書庫。2階には次男坊の部屋とそれから、サンルームを兼ねたADルームがあって、ホームシアターのための防音の設備がしっかと整っているので、音楽でも映画でも存分に楽しめるようになっている。カーボンディスクからDVDはブルーレイまで、コレクションも多岐に渡っていてのなかなかに豊富で、家長が殊の外 気に入りの“スペイン交響曲”の終盤あたりが、薄く隙間のあるドアの向こうから聞こえてくる。七郎次が戻る気配を拾うためにと、音を下げてのこんな対処を取っていたらしく、
「…勘兵衛様?」
 そぉとドアを押し開ければ。頂上部に半円のアーチを掲げた縦長の窓のその傍ら、晩秋の、いやいや今日に限っては初冬の陽光に、その濃い髪色を甘く暖めて、外国仕様の大きな肘掛け椅子へ、ゆったりとその身を埋めて寛ぐ御主がいる。よくよく叩き上げての鍛え抜かれた長身。いかにも無造作に着崩したシャツの、少し大きめにはだけられた衿元からは、この季節にまだ褐色を残す肌が覗いていて。色気も洒落っ気もないような、単なる通勤着のシャツとボトムといういでたちなのに、それこそが男の色香というものか、妙に野趣を帯びて見えてしようがない。爆音轟き、鉄錆の香に似た血生臭さが立ち込める実戦場から、静寂の中、錯綜する視線が殺気にも似た張り詰めた空気を醸し出す会議室まで。時も場所も選ばずの、どんな修羅場にあっても、重厚なその存在感と、強い意志の込められた鋭利な眼差しの威容は萎えることを知らず。関わった作戦や計画は必ず完遂させる“不敗の白夜叉”も今は、すっかりと緊張を解いての安んじておられ。ほんの少しずり落ちかけていた眼鏡を鼻梁の峰から外すと、膝元へと広げていた新聞を、わさばさと適当に畳んでサイドテーブルへと押しやる所作も、ちょいと乱暴なところが男臭くて精悍で。心ならずも…七郎次の胸中にて、くすぐったい波が立ったのはここだけの内緒。曲が終わってCDが止まるのを見計らい、
「今日はまた、お早かったのですね。」
 そんなお声を掛けたれば、
「ああ。人手が余ってしまうほど暇だったのでな。」
 彼の務める“幹部秘書室”は、この時期 暇ではないはずなのだが、そんな言いようをしたところをみると“特別な対処の要りような事態”は起きそうにないということであるらしく。原油価格の動向も世界的な金融情勢も、ついでに某国の景気の浮き沈みも。ちょいと変動的だが、だからこそ“様子見の構え”で どこも大きな賭けには出るまいと踏んだ室長さんであるらしい。
“ま、あんまり詳しいことは知りませんが♪”
 家にいる時は、そんなややこしいこと、話題にしてはならないのが当家の不文律。この部屋にも置いてあるコーヒーメーカーが芳しい香りを立てており、アンティークが趣味というのではないが、シックな家具が居並ぶそのあちこちへ、ネクタイだのスーツの上着だのが適当に引っかけてあるのへと苦笑をこぼした七郎次。帰ったそのまま真っ直ぐに、この部屋へと運んだ壮年殿だということへと思いが至り、しょうがないなぁとそれらを拾い集めにかかったが、

 「…あ。」

 飴がけしたような良いつやの出たテーブルの上、今時には珍しい筆書きの封書が無造作に置かれてあるのに気がついた。既に開封されており、中に入っていたのだろう、こちらも古風な巻紙風の書状が適当な巻き直され方で放り出してあり、
「北鎌倉の大叔父、ですか?」
「ああ。いつもの節気の挨拶だ。」
 若いのがする、投げ出すような物言いを真似たような口調になっているのが、彼のかすかな苛立ちを物語る。郵便受けにそれを見、その時点から気鬱が始まっての今に至っている勘兵衛なのだろう。いつものこととて、やれやれという微笑を口元に滲ませており、
「冬物のスーツ、出しておきましょうね。」
 さりげなく口にすれば、
「行かぬぞ。」
「ですが。」
 つまりは、お越しいただけぬかというお便りなので、では準備をしておきますねと口にした七郎次へのこの態度。大きな駄々っ子のようですねと、今度はちょっぴり愛惜しいという意味合いの加わった苦笑が青年の口元へと浮かぶ。その腕へ抱えかけていた上着や何やを、傍らのソファーの背へと置き直し、拗ねたように窓のほうへとそっぽを向いた御主の元へまで歩みを運べば、
「…どうせ、そこへと書いて来たような挨拶を交わすだけ。さしたる用向きなどないに決まっておる。」
 こちらからの執り成しを遮りたいか、牽制のように先んじての言を口にする勘兵衛であり。そんな らしくもない先走りへこそ、七郎次の苦笑はますますと濃くなって。
「出向かないとそれこそ煩いですよ?」
「………。」
 そこのところも判っているのか、何とも言えない渋面を作る壮年の家長様へ。すぐの真正面へまで足を運んだ七郎次、少しばかり身を倒しての、声を低めて囁いたのが、

 「そんなことよりもと。
  一席設けられているかも知れぬのが、勘兵衛様には面倒なのでしょう?」

 島田の一族の主家の人間は、今や勘兵衛一人きり。だというのに、結婚の気配も見せずの跡取りが一向に出来ぬのが、分家のうるさがたの年寄りたちには案じの種でしかないらしく。この何年かはこうやっての書状を寄越しては、彼らが選びし妙齢のご婦人との、いわゆる“見合い”を企むようになったとのことで。偶のことなら、ままこれも付き合いのうちかと年寄り奉公として受け流せもするが、
「木曽の御爺が亡くなってから、妙に頻繁になった。」
 ご本人としては勘弁してほしいらしく、それでの仏頂面をしておいで。
「皆様としてはご心配なのでしょうよ。」
 世間的な通念というものですよ、仕方がないと。宥めるように言う七郎次へ、
「今時、血統大事なぞとは馬鹿馬鹿しいとは思わぬか。」
 はぁあと、心から鬱陶しいことへの吐息をついて見せる勘兵衛で。
「背が高いだの小柄だのという身体つきやら、音感や運動能力などなど、身体的な特性がどうしても必要だというならまだ判るがの。今の時代にそれはなかろうよ。」
 当世に血統をとやかく言うものといえば、犬猫やサラブレットか黒毛和牛くらいのものだぞ?なぞと、どこまで真剣な話なのやらな言いようをする。
“お優しい方ですものね。”
 懐ろの尋の深い、それは寛容なお人だから。自分がこれまで舐めて来た不自由や苦衷、主家の子だというだけで呑ませるくらいなら、いっそ自分の代で終わらせても良いと思っておいでで。だが、
「そうは仰せですが、長きに渡って継承されて来たこと。そう簡単に終わらせることなぞ出来ましょうか。」
 少しばかり風変わりな肩書を秘かに隠し持つ家系。よって、その主家の代々の家長は様々なものを継承して来たし、分家の方々はそれを滞りなきよう見守るのがお役目。当家に生まれたから否も応もなしという理不尽な橋渡し、認めたくはない勘兵衛なのだろうが、ではとすぐさま、皆様を納得させられるような打開策が見つかるとも思えない。親戚付き合いを面倒がっていたこれもツケか、後押ししてくれる加勢も無しでは、分家一同を説き伏せられようはずもなく。
「血統、か。」
 難儀なことよと、つぶやいてのそれから。

 「いっそのこと、お主か久蔵が子を成しても構わぬのではないか?」

 戸籍の上でも真っ当な親類縁者。二人とも、今のところは勘兵衛に一番近しい血縁には違いなく。そうまでの拒絶というか否定というか。意志表明をしたかった彼だと、


  ―― 理屈では、判っていたのだけれど。


 立っていた自分の膝のすぐ手前。組まれての重なっていた勘兵衛の膝へ手を置くと、
「…何をまた、戯言を仰せです。」
 静かな声がそうと言い、ん?と視線を上げた勘兵衛が、次には“お…”と瞠目する。白いお顔がいつの間にか、能面のように表情を失っており。大窓からふんだんに降りそそぐ光にて、室内に満ちた陽気の醸す暖かさとは裏腹に、半眸に伏せられた目元の青が、今ばかりはたいそう冷たく冴えていて。見据えたものを片っ端から凍らせてしまいそうな、鋭い冷ややかさをたたえている。

 「七郎次?」
 「私か久蔵の子、ですって?」

 言うに事欠いて…との怒りか憤りか、抑揚の少ない声でそうと紡いだ古女房。しまった、言葉を選ばにゃならぬ事柄ではあったかと、今更後悔している壮年殿の、お膝に乗っていた手の主は、だが。そのまま、震えの来そうな一瞥と共にのし上がってくるでなく。
「…。」
 身を倒しての迫りかけてたその態勢を引くと、視線を逸らして…身の裡の激高を押さえるかのように、震えもっての吐息を一つついて。

  ―― 今更、女御を抱けと仰せですか?

 怒っていいやら、哀しいやら。咬みつくことも喚くことも出来なくて。何とも言えぬ想いに衝かれての どうしようもなく。何とか零した一言の、切ない声音が…これはさすがに勘兵衛様へも届いての、冷静さを取り戻させる恫喝代わりとなったらしい。

 「…シチ。」

 身を起こしての片腕を伸べた勘兵衛だったが、どんな意あってのことかと、戸惑うように躊躇を見せ、俯くばかりの七郎次だったので。椅子から立つと、有無をも言わさず、二の腕を掴んでの捕まえて。一瞬、抗いに強ばった身を、構わず懐ろへと導き入れる。いつもはきゅうと引っつめに結ってある髪。きょうはゆるく降ろしている分だけ、目線が逃げれば目許も陰り、不安げな横顔をますますのこと、頼りなげな色合いにしてしまうのだけれど。

 「済まぬ。」
 「…。」
 「あのような勝手を言われては腹も立とうな。」

 形のいい白い耳。縁が赤いのは寒かった戸外を帰って来たその名残りだろうか。そのすぐ傍らで謝辞を囁けば、細おもてがこちらを見上げ、青い双眸が不安げに揺れているのが間近になるから。そぉっとそっとお顔を近づけ、こちらも不安げに…何か言いたげに開きかけてた口許へ、ごめんなさいの口づけを落とせば。ほうと小さな吐息を零して、そのままこちらの胸元へ、頬を寄せた彼の呟きが微かに聞こえて。


  「……もう、七郎次には飽きられましたか?」


 何を言い出すかと呆れたものの。馬鹿を申せと返したところ、胸元へ伏せられた白い手が、こちらのシャツを掴んでの、その手の甲へと筋を立てる。気丈だと決めつけての、つい、甘えからの大人げない駄々をぶつけてしまったようなもの。他のことならいざ知らず、さすがにこの件に関しては、彼とて居直ってもいられぬのだろと。訊いて気がつく自分の無神経さに辟易し、反省も…少しはしたらしき壮年殿。自分よりは一回りほど小さめの肩を抱いてやり、

 “ほれやはり、まだまだ青二才ではないか。”

 久蔵がいる手前か、一端の大人ぶり、こちら側へと並び立とうとするものの、ではと凭れれば これではのと。まだ少々至らぬ彼であることを再確認したような、されど…微かに ほっと安堵のような感慨も抱いたやら。窓の外ではそろそろ黄昏が始まるか、陽の色合いが微妙に橙を帯びており。ああいけない、夕餉の支度に取り掛からねばと、現実に返ったらしい七郎次が。顔を上げたことで視線の合った御主へ…かぁっと頬を染めて見せ。

  ―― 久蔵には、あの。/////////
      ああ、内密にな。

 母上を泣かしたと叱られるからのとお道化れば、誰が母上ですかと苦笑をし、それでも気勢は戻った様子。北風の吹き始めた寒空を、木枯らしのようにすっ飛んで帰って来よう、甘え下手な次男坊を温かく迎えるためにも。美味しい晩ご飯を作らねばとの腕まくりをした古女房の、なかなか頼もしい様子へと苦笑をし。勇んで階下へ降りてく足音を聞きながら、こういう空気もまんざらではないかなと、ほころぶ口許の対処に困る、壮年殿だったりするのであった。





  〜Fine〜  07.11.19.


  *現代パロ、またまた登場でございます。
   今回もちょいと大仰に匂わせておりますような、
   何とはなくの骨子がありはするのですが、
   長くなるので、今回もここまで。
   もう書くまいと思いつつ…
   ついついカンシチものが書きたくなっての暴走でした。
   自己満足も良いとこでしたね、すいませんです。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

**

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